2019-01-31

アイデアとセレンディピティ

「どうやってアイデアを出しているのか?」そんな質問を受ける事があるのですが、正直良く分かりません。しぐさやクセ、日常のルーティーンに理由付けが難しいように。ですがこうした根本的なテーマを言語化する作業はとても貴重ですから、この機会に考察します。私自身、脳内は常にやや躁状態ですので、言語やビジュアル、セレンディピティのような気づきは普段から勝手に溢れる方だと思います。これは訓練やテクニックというよりも幼少の頃から割とそんなタイプの子だったのです。人と違う方を選ぶとか、人が驚く様を見て悦に入るとか、大方の想定の中に意外性を持ち込む等、とにかくそんな事だけが楽しくて仕方なかった記憶があります。

また、一度思いつくとやらずにいられない衝動に突き動かされる子どもでしたので、今からすれば昭和の雰囲気に何とか許されてきたことは幸運でした。集団(正確に言えば集団化した時に垣間見える人間の狡弱さ)が苦手で一人や少人数で居る事も好きでしたから生粋の天の邪鬼なのかもしれません。既定路線、予定調和を掻き乱したいという根っからの性分があるわけですが、大人になってもこれが抜けないというのは、まず第一に素質として持たされていると思います(一概に良い事とも思わないのですが)。学校や教室の空気を予定調和と評価し、意外性を持ち込むという行為は、観察や知識、枠の外の視点、メタ的な視点、某かとの相対化、最も効果的なタイミングで効果的な物事を投下する、という仮説思考や戦略眼、さらに自らもゲーム盤の駒のひとつという虚無的な態度、それらを子どもの時点で図らずも運用している訳です。

ですから「アイデアは既存の要素の組み合わせだから!」と声高に言われても、それはそうなんでしょうけど、針の穴を通すように制約を味方につけ、最大効果を生み出す組み合わせでなければアイデアとしては「使えない」し、大事にとって置く価値などありません(この場合、設計の為のアイデア)。クリエイティブ業界でのアイデアは構造的なほど価値があり「ジャストアイデア」などという前置きなど要らないのです。子どもの頃は単に自分だけが楽しければそれで良かった訳ですが、アイデアの力を仕事で発揮する事が求められる以上、やはり制約を味方に構造的な一手を示す必要があります。“思いつき”とは次元の異なる「構造的なアイデア」とは何か、一度考えてみると良いのではと思います。私の場合(おそらく特殊なので参考にはならないかもしれませんが)を順にざっくり説明します。

1. まずリサーチし制約条件の把握、問題の特定やテーマ設定、方針の設定をします(ここが間違うとアウト)。
2. その上で関連付けされる情報やビジュアル、資料・文献、文脈や構造的に類似していそうな全くの異分野・異文化・異時代の情報収集などを行います。
3. ここまで集まった多種多様な情報を柔く固め、脳内プールに放り投げて置きます。そうすると脳内プール内で培養されていきます。
4. このアイデアの胎芽のようなフニャフニャしたものは脳内プールにたくさんプカプカしていて、それぞれが浮かんだり沈んだり移動したりしています。
5. フニャフニャ胎芽はいつしかプール内の別の胎芽と気まま
にくっついて、胎児のように形成されていきます。
6. ある程度形状がはっきりして来た時を見計らい、脳内プールから掬い上げます。
7. 掬い上げたものを言語やビジュアルに相対化し、可視化します。
8. この時点で構造化されていますが、一応のオリジナルやリーガルチェックを行います。
9. クライアントやプロジェクトに驚きをもたらすようなプレゼンの体に整えます。
10. 効果的にプレゼンします。止揚のアイデアはコンセプトや戦略と一体化し、もはや唸るしかないのです。

まぁ変態なのかもしれません。これが面白いのは、1.〜3.までのインプットの対象と6.〜10.までののアウトプットの対象は異なる事がある、ということです。これはセレンディピティと言えるでしょう。私の場合は同時に複数のプロジェクトが並行していく事で異なるテーマ間での相互作用が働きやすく、むしろ意図的に誘発されるものを歓迎しています。

ここで最も重要なエッセンスをお伝えしましょう。

「アイデアが自分の物だと思った瞬間からアイデアは枯渇する」

誰だって1発くらいは当てられるものです(行動に移さない人も多いですが)。周りもメディアもチヤホヤします。そんな程度で満足してアイデアを自らの物(才覚)だと誇示するようでは、早晩終わります。これは「クリエーターの死」です。思うにアイデアのプールは深層意識の中で共有されているかもしれません。優れたアイデアはどのみち世に出るもので、「どこの通りが良いか」だけの違いでしかないような気がします。電流も抵抗の少ない方に流れるではないですか。「アイデアを生み出す」という風に考えるよりも、アイデアが通りやすい自分でいるために、出来るだけ(心から)リラックスした状態で日々を過ごす事が最も大切なんじゃないかな

P.S.

本稿では「アイディア」よりも「アイデア」としていますが別に星野源に影響された訳ではありません。
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