ブランディング投資のメリットとデメリット 2/2

ORIGAMI, THE BRAND DESIGN HOUSE.「ブランドと事業に望ましい変化と新境地を」。ブランド構築、リブランディング、事業開発、ブランド体験のデザイン等、ブランドパートナーとしてより良い状態と適切なコミュニケーション環境をデザインします。
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前回の投稿が昨年11月、それから社会の、世界の容れ物が変わったような感覚にいます。約半年前の前提はほとんど意味を為さないようです。AIについては個別のプラットフォームやエージェントのスコアがどうだとか、組み合わせの妙だの、株価だの政府だの電力だのそんな話しよりも、制御されている風でコントロール不能な存在となりつつあるこれらとの関わりを思索しつつ、リサーチと禅問答とB・Cクラスの仕事(重要では無いけどやらなきゃならない事)には積極的に活用はしております。
しかし、あたる物事の全体像を捉えられない人がAIを使うと当然ながらそれは中間結節点に過ぎず主従は入れ替わるよな、とは感じるところです。「ディレクションとダメ出しが人間に残された領域」そんな見立てがSNSに上がっていましたが、まぁそうだよね。AIが吐き出したゴミはすぐさま廃棄できれば良いのですが、このゴミに社会的な固有の記号が付されて飛んで来るものだから無碍にも出来ず、ゴミの取り扱いでまた不毛な仕事が増えると言う産業革命のパロディ。
このようなテーマの投稿もAIに指示を出して統合すると、たいそう立派でそれらしい構成の文章を出力してくれる。あえてそのままコピペしようかとも思いましたが、情報空間はそんなテキストに駆逐されてうんざりだし、内容は分かるんだけど単純化された一般論はピントがズレているし、何より自分が読んでいて詰まらないので、重い腰を上げ、やはりちまちま書くことにします。
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社会が線形で変化する前提において「ブランディング投資のメリットとデメリット」という提起は、つい半年前まで有効でしたが、現在は意味を為さないどころか陳腐なようです。以下の理由(事象)から軌道修正します。
①米国の戦略と行動、内外情勢から見るに、日米安保は有形無実化する蓋然性が高いと思われる事。
②AIは進化予想を上回り、ある面においてはすでに特異点を超えてしまっているように観察できる事。
③中東情勢とエネルギー問題、これに派生する諸問題は世界と日本のこれまでの社会を転換させるシナリオへと移行しつつあると考えられる事。
④ここには書けないさらなるブラックスワンの足音。
以上はいずれもダウンサイドに転んだ場合のリスク(と言うかパラダイム転換)が極大過ぎるのだけど、これらが絡み合い相互に影響しながら乗算した先の近未来、要は「呑気なことは言っていられない」というフェーズ。
パラレルリアリストを自称する私(奥平)はイデオロギーとの距離感は慎重に保っておりますが、起こりうる現象の良し悪しではなく、少なくともビジネス環境において(特に島嶼、沖縄県は)、線形の先にある変化では到底済まないのではないかな。世界が流動化するからこそ、自社の存在軸(記号と文脈)を構造的な概念として固定しておかなければ、濁流に一瞬で押し流されてしまう。
ORIGAMIも今年で20年。ブランドデザイン、ブランディングという掴みどころの無い事業活動に試行錯誤しながら得た、一般論とはかけ離れた結論から先に述べます。
「そもそも、ブランドになり得る種と、なり得ない種がある」。
身も蓋も無く、また、独善的に映るかもしれませんが、ブランディングに取り組んだとて、ならない種はならないのです。稀に突然変異が起きても、やはり数年で尽きる。この動かない結論を曖昧にして定型のメリットやデメリットを広げていられる時間帯では無いようです。その上でブランディング投資のメリットと言える経営的なインパクトは以下。
○事業プレーヤーとして求められる閾値をクリアする確率は高まる
事業は社会の事業領域や生存領域というフィールドの中で1プレーヤーとして、その存在を認知され、一定の持続ライン以上安定的に事業価値を支持される必要がありますが、そもそもプレーヤーとしての程(体)をなさないと相手にされません。パーティーに招待されればドレスコードがあります。事業プレーヤーは事業実体を構成する基盤、その上にある記号と文脈のマネジメントが社会の信頼に足るのか否かがドレスコードです。コードを満たさないプレーヤーが生存領域の外側に押し出されることは自明です。
ブランドになるならない以前の問題として、まず“死なないようにしよう”と言う事です。“なり得ない種”であってもプレーヤーとして生き抜く事は可能なのです(その状態を望むかは別の話しですが)。また、閾値をクリアできているか否か、当事者自らの視界において客観的な評価は極めて困難であると言う事は付け加えておきます。
“なり得る種”にしても、“なり得ない種”にしても、その先の施策や展開は「閾値を超えてからにしよう、話しはそれからだ」と言う感じです。ここから一般論として喧伝されるメリット(ポジショントーク)として、価格競争優位、顧客ロイヤリティ、財務・人材・他の調達力向上、インナーへの好影響、企業価値・機会の波及等が並べられますが、これらは弛まぬ経営努力とチューニングの先にあるもので、汎用ブランディングだけでは片付けられない、思想哲学と経営システムが統合された姿です。
他方、無尽の思想哲学と破格の事業実体があれば経営システムは自ずと形成され、ほっといてもブランドになります。こうしたブランドは模倣が困難です。これからの近未来、そうした一握りの存在しか残らないと思います。さて、あなたの事業はどうですか?
変化の激流の中で、自社が「なり得る種」なのか、あるいはまず「死なないための閾値」をどこに設定すべきなのか。それを見極めること自体が、すでに経営者の孤独な問いであり、重要なディレクションです。ブランディングは記号やファッションから生存証明、ライセンスへと変質しています。
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ブランディングのデメリットは、タイミングややり方を誤ると事業がダメージを受ける、下手をすれば致命傷を負うと言う点です。診断と処方を誤って全身麻酔の外科手術を受けるような事態は避けなければなりませんし、また、必要として経験の浅い執刀医に任せたくは無いでしょう。一般論としてのブランディングのデメリットはAIに詳しいです。
ブランディングは思想哲学・事業実体・経営システムと不可分のテーマですから、経営者・オーナーマターです。トップ自ら陣頭指揮を執ってください。また戦略は制約条件の把握と資源の最適化にある以上、この時代このタイミング、本当にブランディングに取り組むべきか、あるいはこのディレクションを外部調達すべきかについては、よく見極めるべき潮目と言えます。
ORIGAMIもまた、この不連続な世界を生きる1事業プレーヤーに過ぎません。同じく不条理なフィールドに立つ「パラレルリアリスト」として、自らも試されています。近未来、確かな価値を社会に提供できる事業者であるために、これからも試行は続きます。