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2019-12-28

いつかベンツに乗ってやる

ベンツが欲しい(邦題)と歌ったジャニス・ジョプリンはその3日後にオーバードーズで世を去りましたが、そんな彼女の歌声が時折無性に聴きたくなるのは年の瀬に加え少し年齢を重ねたせいかもしれません。そしていまだフィリップ・シーモア・ホフマンの死が悲しい。三年前に腕の中で愛犬が死んだ悲しみも離れない。最近数少ない友人が脳梗塞で倒れてしまった事も。しかし無常観の中にまた滋味もあるもので、ただ悲しみに覆われている訳でもなく自身の精神状態は平穏です。ここで「メルセデス」ではなくやっぱり「ベンツ」なのは、その方が“俗っぽくて”らしいから。

「いつかベンツに乗ってやる」と常々話していた同年代の知人がいまして彼は小さな事業を営んで数名雇用もしていますが、いよいよ念願かなって「ベンツSクラス」を手に入れたのです。私個人は車のステータスに焦がれる通過儀礼は終えていますが「ベンツに乗りたい」と休みなど見向きもせず一心不乱に汗を流していた彼の姿も見ていましたし、剛性ドアを閉めた時のサウンドに誇らしげな彼の笑顔は純粋に素敵だな、良かったな、と祝福を感じたものです。

しかし、しばらくして彼が自分の会社の雰囲気が良くない等と告げてきました。理由は分からないけど従業員の態度がよそよそしいと。しばらく「ふ〜ん」と話を聞いていてふと思い浮かんだのはあの「ベンツ」のことです。私は社長が自分が稼いだ金でベンツだのフェラーリだのアストンマーティンだのに乗ろうが「お好きにどうぞ」だし、むしろ経済の為にも清々しく堂々と乗って欲しいくらいです。しかも彼が買ったやり方は法人名義での4年落ち中古ベンツ、景気良く儲かったようだし、会社の資産として2年の減価償却で大きく経費計上できて節税になるんだからまぁ賢いんだけど、このあたりは経営や会計を経験した事のないごく一般の人たちにはピンと来ないものです。安全性とかゴルフ行く時お客さんを乗せるとか、そんな理由もありますものね。

従業員からすれば、自分が朝から晩まで働いて下げたくもない頭を下げ、会社のムダを改善しようと工夫したり(電気消すとか裏紙使うとか些細な事だけど)、社長を少しでも支えようと献身したり、そんな日々の積み重ねが社長のオラオラしたベンツSクラスに化けた。何だか馬鹿にされたような搾取されたような気分になったかもしれないし、その金は自分たち従業員にも配分される権利のある金じゃないのか今日も自分の労働や苦痛が社長の自己顕示の為のベンツ代に吸収されるのだ等、おかしな妄想をするかもしれない。さらに仲間としても認めてくれていた社長が遠い存在に感じられるような寂しさや奥底に渦巻く妬み。何となく見えてくる光景ではあるんですよね。実際私も遠い昔会社員だった頃には「そんな金があるなら職場環境の改善に使えば良いのに」などと思っていましたし。昨今でも清貧を重んじるタイプの経営コンサルさんは「社長の車は100万の中古車にしなさい」などと言っています。経営者は常に立ち居振る舞いを見られていて、良くも悪くも経営評価に直結する因子を生み出すから注意しなさい、という主旨です。御もっともですが事業内容にも依るでしょう。

私は知人の告白に対し「国産セダンにでも乗り換えて従業員に臨時ボーナスでも配れば?」とお節介を言ったのですが、その時彼は随分と強張った表情をしていました。従業員に媚びろと言う訳ではありませんが、こんな下らない事で余計な不協和音が社内に生じるなら、人格としても社格としても時期尚早という事ですし、社長自らベンツを処分したというパフォーマンスで得られる心理的なリターンの方が大きいと考えた訳です。また身の丈に合わないものを手にしても結局自らを呵責するのであまり健全とも言えません。こうした事はインナーブランディングにも共通する会社の下地や土壌の話で、自己弁護して適法だとか社長の個人保証だなどと言う“こちら側の理屈”よりも従業員ができるだけスッキリした心持ちの状態でいられるかをマネジメントすると言うテーマになってきますので、こうした人間の機微を捉えて実行できる経営者は“やり手”と言えますよね。件の知人は今もベンツSクラスを手放してはいないのですが「今更国産セダンに乗ると業績が悪くなったと思われる」などとちょっと訳の分からない弁明をしている間に退職者が出たりしていて「あぁこういう内側の小さなところから綻びんるんだよな」と感じる次第です。何かを積み上げたいなら、まず革袋の穴を塞ごうよ、というお話でした。

 

P.S.
2019年も大変お世話になり誠に有難うございます。
来年、再来年と世情も大きく動きそうな気配も感じつつ、皆さまにおかれましてはご多幸とご発展を心よりお祈り申し上げます。
どうぞ良いお年をお迎えください。
そして来年もどうぞよろしくお願い致します。

 

 

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